2008年8月3日 短期記憶と長期記憶ふたたび
パソコンに積んでるメモリの容量が大きいとサクサク動くよね?
人間も短期記憶である意識の中に、いろんなことを放り込んでおいて同時に意識できる人(メモリ容量の大きい人)は、頭の回転速いよね。いくつかの情報を同時に処理してるんだよね、きっと。
私なんかは、いろんな情報どんどん忘れて、意識から無意識に引き渡して、意識から消去してるから、一度にたくさんのことできないんだな。 意識の中にたくさんのことを抱えていられないんだ。
シングルタスクとマルチタスクの違いって、きっと人間にもあるんじゃないかな。
via denkiami.bloggers-network283.com
2008年8月にパソコンの短期記憶としてのメモリと長期記憶としてのHDDとの関係が、人間の記憶のしくみと似ているところがあるのではないか、というテーマで「短期記憶と長期記憶ふたたび」という記事を書きました。
その記事の末尾に、蛇足として上に引用した文章を書いています。
仕事にしても、日常生活にしても、一度にひとつのことしか出来ない人と、平気で複数のことを同時進行させる人とがいるような気がします。それを指してシングルタスクとマルチタスクと呼んでみる。
シングルタスクの人は、目の前のタスクに意識が集中してしまって、他のことができない。ひとつのことをやっていると、次のスケジュールをすっかり忘れていたりする。それが大事なものであっても、完全に意識の外だったりする。
一方、マルチタスクの人は、いろんなことが同時に意識の片隅に置いてあって、短いサイクルでそれを切り替えながら複数のタスクを同時進行させることが出来る。
それは、パソコンの短期記憶であるメモリ容量の大きさによるタスク処理の違いに似ているような気がする。現状でのiPadとパソコンとの最大の違いはタッチパネルかどうかではなくて、シングルタスクかマルチタスクかの違いじゃないか。少なくとも性能上は。
なぜなら画面タッチ型のユーザインターフェース自体はアップルの発明ではなくて、あの悪名高いWindows VistaではタブレットPCという名前で標準搭載された機能であり、私が以前愛用していた工人舎のミニノートPCでも使えていたから。タッチパネルは大きな違いではない。仕様の上では。
性能とか、仕様とかしつこく繰り返すのは、それでもしかし、iPadの本質は、そのユーザインタフェースのつくりこみにあるからだと私は思うから。iPadは高い性能をもつコンピュータではなくて、使いやすさに徹底的にこだわったところにその特徴がある。アプリの画面デザインや入力方法が根本から従来のパソコンとは異なる。それはやっぱり従来のパソコンがキーボードとマウスを前提としていたからだ。
VistaのタブレットPCといっても、それはキーボードとマウスを前提としたアプリを、画面タッチで操作していたに過ぎない。それに対して、iPadは、そもそもの前提としてキーボードもマウスも使わないものとしてのアプリの設計を要求する。iPadのユーザ体験の特徴は、ハードよりもむしろ、アプリの設計思想の違いにあるのではないか。
それが形として表れるのは、アプリの画面デザインだ。Windowsは操作性の統一を図るために、アプリのデザインにおけるルールが厳しい。メニューの配置などに自由がない。それに対して、iPadのアプリは画面デザインの自由度が大きいように思う。この辺はもしかしたら、仕様云々というよりも、OSとしてのポリシーの違いかもしれない。Appleのこだわりは見た目の統一性よりも操作感の統一性にある。それはユーザ体験としての一貫性だ。Appleはセンスにこだわっている。
と、いう訳で、iPadの本質はその使用感、ユーザインターフェースにあると思うのが、しかし、性能面からみると違いはシングルタスクなんだやっぱりiPadは。それはiPadがコンテンツ制作を使用目的としておらず、コンテンツ利用を目的としているということからきている。クリエイター向けじゃないんだな。
iPadは、一度にひとつのアプリしか起動できないので、次のアプリに移るためには今使っているアプリを終了させないといけない。これは使い方によっては大きな制約です。でもそれはiPadには必要ないから、とAppleは割り切った。
iPadのメモリは、256MBなのだそうだ。ヲイヲイ。今時のパソコンは2GBとか積んでるよ?10分の1かよ?
これはすごい割り切りだ。おそらくいろんな制約や条件があったのだろうけど。OSとしてもともとiPhone用に設計されたものだという要素も大きいんだろうとは思う。とにかくなんにしろ、設計の根本思想が違うよね。コスト面に与える影響だって大きいだろう。iPadは、パソコンとして設計されたのではなく、コンテンツビューワーとして、ガジェットとして設計されている。
まあ設計思想にしろ価格戦略にしろ、いずれにしてもこの容量じゃあマルチタスクは無理だろうなあ。
あ。iPadがでて話がすっかりそれちゃってる。
というところで、話は唐突に人間の話に戻るのですが、クリエイターの人にはシングルタスク型の人が多いような気がします。ひとつのことに集中すると寝食を忘れて没頭するタイプ。そのために社会生活には支障をきたすようなことも多かったりするようなイメージがある。ひとつの作品に集中すると他のことが全部抜けるというか。
ところでマルチタスクについてとなると、例えばテトリスとかスーパーマリオとか、テレビゲームには、マルチタスクな能力を要求するものが結構多いような気がする。これらのゲームでは、意識をひとつのことに集中させないことが求められます。いろんなことが画面上で同時に発生しており、そのうちのひとつに気をとられるとミスする。全体を満遍なくみる。そういう感覚、そういう意識の状態が要求される。複数の要素を同時に意識すること。その上でとるべきアクションを判断すること。そんなマルチタスクな能力をこれらのゲームは要求している。私は苦手なんだよなぁ。この手のゲーム。
ただ、人間というものは、何もしていなくても、全身からの様々な情報を受け取っている。五感の情報や、体内の内臓からの情報、筋肉の動きの情報。加速度の感知や平衡感覚。何もしていなくても、脳は体内からの様々な情報を受け取っている。もともとマルチタスクな情報処理を行うようにできているともいえる。(身体感覚:夢みるアンドロイド)
その一方で、ひとつのタスクについてものすごい集中力を発揮するクリエイターたち。彼らはもしかすると、もともとマルチタスクな情報処理能力を、強力な集中力によってひとつのタスクに振り向けることによって、そのタスクに膨大な情報処理を行っているのかもしれない。メモリ容量が少ないからシングルタスクなのではなくて、集中力という技術によって、意図的にひとつのタスクに大きな情報処理リソースを割り当てているのかもしれない。
周りから見れば、ひとつのタスクしかやっていないように見えても、実はそのタスクの中で膨大な情報を同時並行で処理しているのかもしれない。浦沢直樹の「PLUTO」の中で、こん睡状態のアトムが猛烈な勢いで数十億人の人格シミュレーションをやっていた時のようなイメージ。
それはそれであるような気がするけど、やっぱりこれはマルチタスクのレアケースなんだろうな。シングルタスクではなさそうだ。普通にいうシングルタスクとは、リニアな、線形処理的なステップバイステップな情報処理をいうんだろうな。
ふと思うんだが、車の運転にはマルチタスクが要求される。音楽を聴きながら、しゃべりながら、普通に運転していますよね?シングルタスクな人は、車の運転には向かない。
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シングルタスク型とマルチタスク型の人のタイプについて、上記とは違った視点から書かれた面白いブログを見つけたのでリンクします。
『堀田信弘のリーダー養成塾』より
マルチタスクとシングルタスク
http://www.hottaworld.com/archives/2006/02/post_189.html
投稿情報: 鍛冶 哲也 | 2010/09/18 13:01